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書評:『トーキング・トゥ・ストレンジャーズ「よく知らない人」について私たちが知っておくべきこと  』

書評
・どんな本?
今アメリカを代表するコラムニスト、マルコム・グラッドウェルによる「見知らぬ相手を理解することの難しさ」をテーマにした本。
まるでミステリのように、ある一つの事件の謎を提示した後に、その手掛かりとなる多くのエピソードを次々に示して伏線を張り、最終的に全ての伏線が回収され謎が解き明かされるという仕掛けが施されたノンフィクション。(この本、自己啓発書の棚に置かれたけど、本来はノンフィクションの棚に置かれるべきだ。)
最後まで読めば、著者がなぜこの本をわざわざこんな複雑な構成にしたのか、その意図がわかるだろう。
 
また、「ある事件」とは、黒人の女性が不当とも思われる逮捕の末に自殺を図ったというものだ。まさにこの本の邦訳が出版された、コロナ禍の真っ只中の2020年6月に話題となった人種差別撤廃を訴えるデモ「ブラック・ライヴズ・マター」に通ずるタイムリーなものだと言えるだろう。ついでに言えば、「見知らぬ相手を理解することの難しさ」の問題として、泥酔した男女が関係を結んだ場合のトラブルについても一つの結論を示している。これもある意味タイムリーな話題だ。
この本を最後まで読んだ読者なら、これらの事件が、単なる人種差別や女性の扱いの問題ではないことがわかると思う。
 
・謎の提示:サンドラ・ブラントの事件
2015年7月、テキサスの郊外で、サンドラ・ブラントという若いアフリカ系アメリカ人の女性が車を運転中に警察官に止められた。車線変更時に指示器を出さなかったという軽微な理由だった。それにも関わらず彼女は逮捕され、3日後に独房で自殺を図った。
なぜ彼女は死ななければならなかったのか?
リベラル派が言うように人種差別のせいか?それとも保守派が言うように警官のやり方がまずかったのか?
どちらも一理はあるがそれだけではない。
この悲劇の根っこは、「見知らぬ相手を理解することの難しさ」という僕らの誰もが抱える問題にある。だから、それについて深く考えず、ただ「差別をやめましょう」とか「これからは気を付けましょう」とか言ってるだけでは根本的な解決に近づかないのだ。
著者は、この事件を軸として、「良く知らない人」同士でコミュニケーションを図るときに気を付けるべきことを、豊富なエピソードを用いて説明する。重要なキーワードは「デフォルトで信用すること」「透明性」 「結びつき(カップリング)」の3つだ。
 
・デフォルトで信用すること
人には、デフォルトで他人を信用してしまうという性質(真実バイアス)がある。
人間は、基本的に最初から他人を疑うように出来ていない。進化の過程で人はそういう能力を獲得しなかった。その代わり、人は見知らぬ他人を信用する能力を獲得した。その結果、他人同士の協力が可能となり人類は繁栄した。たまに騙されるくらいでは種の生存までは脅かされたりはしないが、他人を信用して協力できなければ人類の繁栄は実現しなかったというわけだ。
なので、訓練を積んだ人でも凡人と変わらず、他人のウソにたいしてビックリするほど簡単に騙されてしまう。
この裏付けとして多くのエピソードが紹介される。例えば、冷戦時代のアメリカがキューバに送り込んだスパイが、全員カストロの配下の二重スパイだったことにCIAの誰もが気づかなかったこと、「キューバの女王」とまで言われたアメリカの諜報機関の上級職員が、実はキューバ側のスパイであり、(一部から嫌疑がかけられていたにも関わらず)最近まで組織の上層部に居座っていたこと、ちょっと調べたらバレるような詐欺師が金融業界で長い間幅をきかせていたこと、目撃者や被害者の訴えがあったにも関わらず、アメフトコーチや医師による性的虐待が長年発覚しなかったことなどだ。これがまたいちいいち面白いのだ。
 
・透明性
人には、相手の行動や態度が内面の感情を示すヒントになる(透明性がある)という間違った思い込みを持つ傾向がある。実際は、人はドラマの俳優の演技みたいに表情や仕草と内面とが一致しているとは限らない。
そして、当然、嘘をついているのに堂々とした態度をしていてそうは見えない嘘つきや、本当の事を言っているのに挙動不審なため嘘をついているように見える正直者がいる。彼らは、行動や仕草、言動が一般的なイメージと内面と一致しない「不一致の人」だ。
・事例:アマンダ・ノックスの事件
「透明性」の問題が顕在化した事例として、以下の「アマンダ・ノックスの事件」が紹介されている。
イタリアに留学していた女学生ノックスは、ルームメイトが殺された事件の容疑者となる。彼女の行動はエキセントリックだった。周りの知人がみんな悲しむなか一人怒っていたり、そうかと思えば殺人現場でふざけてみたり、事件の翌日にボーイフレンドと赤い下着を買いに行ったり…そんな不思議な行動により彼女の嫌疑は深まった。
でも、実際は彼女は犯人ではなかった。彼女はただ、一般人が思う友人が殺された女の子のイメージと一致しない、「不一致の人」だったのだ。
 
・結びつき(カップリング)
見知らぬ他人の行動は、「場所」や、「利用可能な手段」などの複数の要因が密接に結びついている。
自殺などはその典型で、実際に起こった自殺の裏には自殺に適した場所や利用しやすい手段の存在がある。
逆に言えば、その要素のいずれかを取り除くと自殺を減らすこともできるのだ。実際に、一酸化炭素を発生させるオーブンや車がなくなれば、自殺者自体の数が減った。一酸化炭素中毒が無理なら他の手段で何が何でも自殺しようとはならないわけだ。同じ理由で、自殺の名所の橋にフェンスを設置したらそれを超えてまで人々は自殺しなくなった。
・事例:カンザス・シティー式のパトロール
「結びつき」の理論は犯罪にも同様に当てはまる。都市の犯罪の多くはある「場所」に集中して発生している。その場所を集中的に警備することで、犯罪を半減させることができた。その手段とは、犯罪が起きやすい所定の地域において、交通ルールを違反した車をとりあえず止めて、その後に怪しい素振りを見せた者には銃の所持等をより詳しく操作することだ。
カンザス ・シティーで始められたこの「結びつき」を意識したパトロールは、その地区の犯罪を半減させるという驚くべき成果を挙げた。それまでにこれほど有効な手段はなかったので、アメリカ中の警察が、カンザス・シティー式のパトロールを真似した。
ただし、それは「結びつき」の理論を十分に理解していない不十分な形で広まった。
限られた地域で積極的に車を止めることがカンザス・シティー式のパトロールの肝であったのに、それを広範囲でやってしまったのだ。その結果、軽微な違反を口実に停車させて身体検査を行う やり方が蔓延した。
 
・サンドラ・ブラントの事件の真相
さて、冒頭のサンドラ・ブラントの悲劇は、この「結びつき」の理論を誤解したパトロールが端を発し、それに「デフォルトで信用すること」及び「透明性」 の要素が加わったことで引き起こされた。
その警官は、「デフォルトで信用すること」 をしないように心がけた。騙されないことに注意を傾け、常に最悪の事態を想定していた。実際、警察のマニュアルにもそのような記載があった。
また、警官は、「透明性」の罠に陥っていた。そうなっては、「不一致の人」の内面を大きく誤ってしまう。そして、サンドラ・ブラントもまた「不一致の人」だったのだ。実際、サンドラ・ブラントは、精神的な問題を抱えていた。
 
このように、サンドラ・ブラントの死は、よく知らない相手と話す方法を知らない社会で起こるべくして起こることだった。この本で紹介される様々なエピソードを見たあとでは、この悲劇は、単なるマイノリティの女性と悪徳警官の事件で終わる話ではないことがわかる。この悲劇は共同体の失敗なのだ。
それを伝えるために、サンドラ・ブラントの事件を軸にしつつ、あえて数多くのエピソードを挿入し社会のあらゆる側面に触れて話を展開している。
 
・「よく知らない人」とどう付き合えばいいのか?
では、このような事実を踏まえて、「よく知らない相手」と話す際に起こりうるリスクや犠牲についてどう考えればよいのだろうか?
著者は以下のことを提案する。
①まず、デフォルトで信用することについて、最悪のことを想定しなかったとしても、それについて自分を責めることを止めてみてはどうか?人間は見知らぬ相手を信用することで現代社会を築き上げてきた。騙されることを恐れるあまりに信用することまで止めることは、もっとひどい悲劇に繋がる。
②また、 見ず知らずの相手の心の内を読みとく能力に限界があることを受け入れるべきだ。例えば思い付く限りの方法で拷問したとしても、人の気持ちなんてわかりっこないのだ。
 
・まとめ
この本は、はじめにサンドラ・ブラントの死という謎を提示し、「見知らぬ相手を理解することの難しさ」というテーマを軸に様々なエピソードによる伏線を張っていく。それゆえ、この本の構成はやや複雑で話が転々とするが、各エピソードの語りが上手いのでぐいぐいと読ませる。
そして最後の章ではその伏線が見事に回収され、全てのパズルのピースがはまり真相が浮かび上がるミステリ小説のような仕上がりになっている。
ここまで読んだ読者なら、もうサンドラ・ブラントの事件や、他のアメリカで起こる警官とアフリカ系アメリカ人絡みの事件及びそれに抗議するデモが、単なる人種差別の問題ではないことがわかるだろう。
これこそがこの本の狙いだ。この本の構成そのものが、一つの事件の本質が誰でも抱えている問題にあることを示している。 全く見事だと思う。

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